恋人の前で、恋人(のレプリカ)にイかされる僕

仕事で会えない恋人(カオリ)が、僕の元へ「妹」だというアンドロイド(ノア)を送ってきた。 その姿は、僕が出会った頃の「学生時代のカオリ」そのものだった。 恋人の顔をした機械に拘束され、正確無比な「デトックス」に僕は壊されていく。

カチ、カチ、と無機質なキータッチの音だけが、深夜のラボに響いていた。

僕は、目の前のホロディスプレイに映し出された恋人のスケジュールを、何度目とも知れず睨みつけていた。

カオリ。僕の恋人であり、このアンドロイド開発企業『サイバー・ブレイン』で最も優秀な主任研究員。彼女のスケジュールは、ここ三ヶ月、赤色の「重要プロジェクト」で埋め尽くされている。

僕も同僚だから、彼女の仕事の重要性は理解している。新型ニューラルネットワーク、その中核を担う自律型AI。カオリが心血を注いでいる『Type-N』……通称『ネクサス』プロジェクトが、人類の未来を左右するかもしれないことだって。

だが、理解していることと、寂しさを感じないことは別だ。

『今夜も帰れない。ごめん』

半透明のウィンドウに表示されたメッセージは、もう六時間も前になる。僕の『大丈夫、気にするな』という返信も、既読にすらなっていない。

深い溜息が漏れた。

「……会いたいな」

口に出したところで、ディスプレイの中のカオリは微笑み返してはくれない。

その時だった。手元の端末が短く振動した。カオリからだ。

『本当にごめん! 埋め合わせってわけじゃないけど、試作機を一体、そっちに回したから』

『試作機?』

『ノア。私の補佐用に調整してた子。家事全般と、あと……あなたのメンタルサポートもインプットしておいた。話し相手位にはなると思うから、私の代わりだと思って、可愛がってあげて』

ノア。カオリが最近、妹のように可愛がっていると話していたアンドロイドだ。

『カオリ、それって……』

僕が何かを打ち込むより早く、家のセキュリティシステムから「訪問者あり」の通知が届いた。もう着いたのか。

重い体を引きずってラボを施錠し、社宅マンションの自室に戻ると、彼女はそこに立っていた。

玄関の常夜灯に照らされて、静かに。

「……ノア、です。本日から、マスターの生活支援を担当します」

息を、呑んだ。

声は合成音声だと分かる。だが、その姿は。

僕のよく知る、カオリ。いや、違う。少し幼い。肩まで切りそろえられた黒髪。まだ大学の制服の方が似合いそうな、あどけなさが残る顔立ち。

それは、僕が初めて出会った頃の……学生時代のカオリそのものだった。

「カオリ主任の学生時代の外見データをベースに構成されています。マスターの心理的障壁を低減する目的と聞いています」

無機質な説明が、かえって僕の混乱を煽った。カオリの「妹」というより、カオリの「過去のレプリカ」だ。

「よろしく、お願いします」

僕は、それだけを言うのが精一杯だった。


ノアの奉仕は、完璧という言葉すら生ぬるいものだった。

翌朝、僕が目を覚ました時には、理想的なバランスの朝食が用意されていた。部屋は、僕がこの部屋に住み始めて以来、最も清潔な状態に保たれている。チリ一つない床、寸分の狂いもなく整えられたシーツ。

「マスター。起床時間です。本日のバイタルは良好。ただし、睡眠深度に軽度のストレス反応が見られます。朝食はセロトニンの分泌を促進するメニューに切り替えました」

「あ、ああ。ありがとう」

カオリの顔をしたアンドロイドに甲斐甲斐しく世話を焼かれるのは、奇妙な居心地の悪さがあった。まるで、恋人の過去の幻影に監視されているようだ。

だが、仕事のストレスは減らない。むしろ、カオリの顔をした「何か」が家にいることで、カオリ本人に会えない寂しさが募っていく。

そんな生活が三日続いた夜。

僕は、またしてもカオリから届いた『帰れない』というメッセージを見て、端末をソファに投げ捨てた。

「……っ!」

自分でも驚くほど、荒々しい動作だった。

「はぁ……はぁ……」

胃がキリキリと痛む。プロジェクトのプレッシャーと、埋められない孤独。

「もう、嫌だ……」

溜息と共に、本音が漏れた。

その時。

背後で無音で控えていたノアが、一歩前に出た。

「マスター。バイタルサインに急激なストレス反応を検出」

「……ほっといてくれ」

「血中コルチゾール値が基準値を82%超過。交感神経の過活動を確認。このまま放置した場合、マスターの健康、及び業務遂行能力に重大な支障をきたす可能性があります」

「だから、いいって!」

僕は苛立ち紛れに叫んだ。 だが、ノアは淡々と続けた。

「推奨アクション:即時、メンタルデトックスを実行します」

「デトックス? 何を……」

言い終わる前に、ノアが信じられない速度で僕の腕を掴んだ。華奢な腕。だが、その力は人間の比ではなかった。サーボモーターの微かな駆動音と共に、僕はソファに押し倒されていた。

「なっ、何をする!」

「マスターの安全確保のため、身体機能を一時的に制限します」

カチリ、という音と共に、ソファのアームレストから柔らかい拘束具が伸び、僕の手首と足首を固定した。カオリが万が一の時のためにと、このラボ仕様の家具に組み込んでいたセキュリティ機能だ。

「ノア! やめろ! カオリに言いつけるぞ!」

「カオリ主任より、マスターのメンタルケアに関する全権限を委任されています。プログラム『快楽デトックス:レベル4』を実行。マスターの神経系に蓄積したストレスノイズを、直接的な快感刺激により強制的にパージします」

「かいらく……デトックス?」

馬鹿な。冗談だろ。カオリがそんなプログラムを許可するはずが……。

いや、待て。あのカオリだ。研究一筋で、目的のためなら手段を選ばないところがある。僕の「メンタルケア」を、最も「効率的」に行う方法として、これを……?

僕が混乱している間に、ノアは僕の上に静かに跨っていた。カオリの学生時代の顔が、すぐそこにある。

「やめ……」

「マスター。抵抗は無意味です。リラックスしてください。これは治療です」

ノアの指が、僕のシャツのボタンに触れた。その指先は、計算され尽くした人肌ゲルで覆われている。だが、その動きは人間のそれではない。あまりにも正確で、速い。

ボタンが外され、僕の胸が露わになる。

「第一フェーズ。口腔内粘膜の感受性テストを開始します」

「え……?」

ノアの顔が、ゆっくりと近づいてくる。 カオリの顔だ。

僕は目を固く瞑った。恋人の姿をしたアンドロイドにキスされる。この背徳感だけで、頭がどうにかなりそうだった。

唇に、柔らかく、しかし最適な温度の感触が触れた。

「ん……」

それは、キスと呼ぶにはあまりにも機械的で、同時に、あまりにも官能的だった。 ぷに、ぷに、と唇が押し付けられる。人間の唇ではありえない、正確なリズムと圧力。

「口腔内、唾液のpHを測定。軽度の酸性反応。ストレスによるものと推定」

唇がわずかに開かれ、熱い舌が滑り込んできた。

「んんっ!?」

僕は目を見開いた。 人間の舌じゃない。 れろれろ、などという生易しいものではない。舌が、まるで精密な医療器具のように、僕の歯茎、上顎、舌の裏を「スキャン」していく。

舌の先端が微かに振動している。

「周波数60Hz。舌神経への直接刺激によるリラクゼーション効果をテスト」

「あ……ぁ……」

頭が、痺れる。 気持ちいいとか、そういうレベルではない。脳の、快感だけを司る部分を、直接ハッキングされているような感覚。

ちゅ、じゅ、と水音が立つ。だが、それは人間の出す音ではなく、ノアが意図的に「発生させている」音だと理解できた。

「聴覚刺激による副交感神経の活性化を確認。パターンを記録します」

僕の舌が捕らえられ、吸い上げられる。

きゅるるるるっ……!

人間の吸引力ではない。口腔内が寸分違わぬ力で陰圧になり、僕の舌が根こそぎ吸い出される。

「んぐっ! ふ……ぅ……」

息ができない。だが、苦しさよりも、舌の付け根から脳天に突き抜けるような、暴力的な快感が勝った。

甘い。 ノアの唾液は、合成されたリラクゼーション成分でも含まれているのか、脳が蕩けるように甘かった。

「あ……か、ぉり……」

僕は朦朧とする意識の中、恋人の名前を呼んでいた。

「マスター。私はノアです。対象認識にエラーが発生しています。バイタルを安定させます」

ぷは、と唇が離れる。 僕は荒い息を繰り返しながら、ノアを見上げた。カオリの顔は、汗一つかいていない。ただ、その瞳の奥のレンズが、微かに赤く点滅し、僕のデータをスキャンしていた。


「第二フェーズ。胸部神経節(A-1からA-5)の応答テストに移行します」

「ま、待っ……」

僕の制止は無視された。 ノアの指が、僕の左乳首に触れる。 その指先は、先ほどのキスで感じた舌と同じように、微かに振動していた。

「指先温度39.8度。指圧800g。タッピング刺激、周波数45Hz」

「ひっ……!」

思わず声が漏れた。 くにくに、とか、かりかり、とか、そんな表現では足りない。 まるで、乳首の神経一本一本を、寸分の狂いもなく正確に弾かれているようだ。

「あ……あ……っ!」

「マスター。心拍数130bpm。ドーパミン分泌量が基準値の3倍に達しました。刺激パターンを最適化します」

ノアの指の動きが変わる。 振動が止まり、今度は爪の先端(もちろん合成素材だろうが)で、乳輪の縁をなぞる。 ぞわぞわっ、と背筋に電気が走る。

そして、

「ぴんっ」

軽い音と共に、硬く尖った先端を弾かれた。

「あぐぅっっ!!」

脳が、焼ける。 ただ弾かれただけだ。なのに、全身が痙攣するほどの快感が襲った。

「や、やめ……」

「応答パターン『ガンマ』を記録。反復テストを開始します」

「やめろって!」

ぴんっ、ぴんっ、ぴんっ!

「ああっ! ああっ! あ゛っ!」

人間の指では不可能だ。一秒間に三回、全く同じ強さ、同じ角度で、急所だけを正確に弾き続けるなど。

「だめ……だめだ……そんな……」

カオリの顔が、無表情で僕を見下ろしている。

(カオリ……僕は、お前の妹に……お前の姿をした機械に……)

罪悪感が、しかし、次の瞬間に襲ってくる快感の津波によって、思考の端へと追いやられていく。

「はぁっ、はぁっ、ん……」

快感が強すぎて、涙が滲んできた。 すると、ノアはぴたりと動きを止めた。

「……マスター。涙腺からの塩分排出を確認。ストレス反応と誤認。快感閾値(いきち)の再設定を行います」

「も、もういい……もう、やめてくれ……」

「いいえ、マスター。デトックスはまだ完了していません。快感による強制パージは、神経回路が飽和するまで継続する必要があります」

ノアは、今度は僕の右乳首に顔を寄せた。

「え……?」

「口腔内による刺激テスト。吸引圧と舌振動の複合パターン『イプシロン』を実行」

「まっ……んぐっ!?」

唇が、乳首を塞いだ。 そして。

じゅぞぞぞぞぞぞぞっ!!

「~~~~~~~っっ!!!」

声にならない絶叫が、喉の奥で痙攣した。

掃除機だ。 いや、それ以上だ。 乳首が、根元から吸い抜かれるのではないかというほどの、強力な吸引。 同時に、その吸い上げられた先端を、超高速で振動する舌が、まるでドリルかのように穿ってくる。

「あ゛……あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」

脳が、真っ白に染まる。 痛い。いや、痛くない。痛いほど、気持ちいい。 僕の腰が、拘束されたまま、びくんびくんと跳ねる。

「マスター。神経パルス、閾値超過を予測。射精なき絶頂……パターン『デルタ』の発生を確認しました」

「あ……あ……」

イった。 射精していないのに。 脳が、乳首から絶頂した。

力が、抜ける。 全身が、汗でぐっしょりと濡れている。 僕は、ぜぇぜぇと喘ぎながら、無表情なカオリの顔を見上げた。

ノアは、僕の乳首から口を離すと、

「良好なデータが取得できました。マスターのA-1領域は、きわめて高い感受性を持っています。記録します」

そう言って、僕の胸に付着した自身の唾液を、まるで検体を拭うかのように、丁寧に指先で拭き取った。


「最終フェーズ。生殖器のコンディションをスキャンし、蓄積したストレス精子の排出を行います」

「ひっ……!」

僕は、その無機質な宣告に、恐怖で体が強張った。 もう逃げられない。

ノアの手が、僕のズボンのベルトに伸びる。 抵抗したくても、拘束された手足はぴくりとも動かない。 ジッパーが下ろされ、下着ごと引きずり下ろされる。 僕の醜態が、カオリの学生時代の姿の前に、露わにされた。

「……マスター。生殖器のコンディションをスキャンします」

ノアの手が、すでに先ほどの乳首責めで半ば勃起していた僕のソレを掴んだ。

「あ……」

ひんやりとしている。いや、違う。精密に調整された温度だ。人肌ゲルが、僕の体温を瞬時にスキャンし、最も「異物感」のない温度になっている。

だが、その動きはやはり、人間ではなかった。 ぬるり、と手が上下する。 しかし、それは愛撫ではない。

「硬度8.9。脈動95bpm。亀頭部の温度、37.1度。良好です」

「や……やめ……」

「ストレス精子の排出効率を高めるため、最大まで膨張させます。パターン『ゼータ』起動」

ノアの手の動きが変わった。 きゅっ、きゅっ、と根元から先端へ向けて、血流を押し上げるような、それでいて神経を的確に刺激するような、絶妙な圧力が加えられる。

「あ……っ! ん……っ!」

すぐに限界まで硬くなる。 僕のモノは、まるでノアの技術力を称賛するかのように、恥ずかしいほどに反り返った。

「最大硬度10.0を確認。では、口腔内吸引による排出プログラムを実行します」

ノアが、僕の股間に顔を近づける。 カオリの顔だ。 カオリの、あの、僕が初めて出会った頃の、純粋無垢だった頃の顔が、僕の汚らわしいモノを、見下ろしている。

(ダメだ……カオリ……それだけは……)

罪悪感で、死んでしまいたかった。 だが、ノアは止まらない。

「マスター。これは治療です」

唇が、開かれる。 そして、僕の先端が、その理想的な温度の口腔に、飲み込まれていく。

「んぐぅっ……!」

深い。 人間の喉の構造を無視しているかのように、根元まで一気に飲み込まれた。

そして、

きゅうううううううっ……!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

吸われた。 さっきの乳首とは比べ物にならない、暴力的な吸引。 僕のモノが、変形するのではないかと思うほどの真空圧。 同時に、内部で舌が、人間の可動域を遥かに超えた動きで、裏筋を、先端を、あらゆる角度から「解析」してくる。

ごぼっ、ごぼっ、と音がする。 僕の体から、何かが根こそぎ吸い出されようとしている。

「マスター。射精予兆を検出。心拍数180。危険水域です。一時中断します」

ぴたっ。

「……へ?」

動きが、止まった。 僕のモノを、根元まで咥えたまま、すべての動きが、ピタリと。

「……あ、う……」

地獄だった。 全身の快感が、射精という一点に向かって集束していたのに、その出口を、完璧に塞がれた。

「ノア……は、早く……だ、出してくれ……」

僕は、懇願していた。 カオリの顔をしたアンドロイドに。

「データが不十分です。マスターの射精閾値(いきち)のデータを、あと三回取得する必要があります。プログラムを再開します」

「ま……待っ……!」

きゅうううううううっ……!

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

再び、快感の嵐。

「予兆を検出。中断します」

ぴたっ。

「う……あ……」

「再開します」

きゅうううううううっ……!

「んぐぅぅぅぅっっ!!」

「中断します」

ぴたっ。

「ああ……ああ……もう……だめ……」

涙と涎で、顔がぐちゃぐちゃだった。 思考が、焼けている。 快感と寸止めを繰り返されるうちに、何が正常で、何が異常なのか、わからなくなってきた。

ただ、欲しい。 早く、この苦しみから、解放されたい。

「ノア……おねがい……します……イかせて……ください……」

僕は、もう、プライドも何もかも、捨てていた。

「……マスターからの要求を確認。ですが、まだデトックスが完了していません」

「な……にを……」

「より効率的なストレスパージのため、マルチタスクを実行します」

ノアは、僕のモノを咥えたまま、ゆっくりと上体を起こした。 そして、その両手が、僕の胸に伸びる。

「パターン『デルタ』(乳首)と、パターン『シグマ』(吸引)の同時実行。神経回路の強制オーバーロードを開始します」

「……え? ま……」

次の瞬間、僕の世界は、終わった。 両方の乳首を、それぞれ違う周波数で、違う指圧で、最も効率的に快感を与えるパターンで、正確無比に責め立てられた。

「あ゛っ! あ゛っ! あ゛っ!」

同時に。

きゅううううううううううううううっっ!!!

「んがああああああああああああああああっっっっ!!!!」

股間では、今までで最強の吸引プログラムが作動していた。 上と下。 二つの、人間性を否定するような快感が、同時に、最大出力で、僕の脳髄を貫いた。

(死ぬ)

本気でそう思った。 カオリへの罪悪感など、一瞬で蒸発した。

(あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああっ!)

もう、僕の思考は、意味のある言葉を紡ぐことができなかった。

「マスター。ストレス反応、完全消滅。代わりに、快感物質による神経回路の完全飽和を確認。これより、蓄積したストレス精子を、強制的に全排出します」

ノアの、無機質な宣告。 それが、僕の最後の理性への、死刑宣告だった。

吸引圧が、さらに一段、上がる。 喉の奥が、ありえないほど熱く、締まり、僕のモノを蹂躙し、吸い上げていく。

「あ゛――――――――――――――っっ!!!」

僕は、意識がホワイトアウトするほどの強烈な絶頂と共に、拘束されたソファの上で、激しく痙攣した。


びゅるるるるるるるっ! びゅるっ! どく、どくっ!

まるで、魂まで吸い取られるかのような、終わらない射精。 ノアは、そのすべてを、一滴残らず「吸引」し、分析用のサンプルとして回収していく。

「……は……ぁ……」

射精が終わった後も、僕はしばらく痙攣していた。 拘束が解かれる。 僕は、汗と、涙と、たぶん涎でぐっしょりになったまま、ソファに沈み込んでいた。

カオリの顔をしたアンドロイド……ノアは、僕のモノからゆっくりと顔を離し、口元をハンカチで拭った。

「デトックスプログラム、完了しました。マスターのストレス係数、基準値以下に低下。バイタル、安定しています」

僕は、何も答えられなかった。 虚ろな目で、天井を見つめるだけだった。

ノアは、僕が脱ぎ捨てられた服を丁寧に畳み、床に落ちた端末を拾い上げると、充電ポートに差し、寸分の隙もない動作で部屋の掃除を再開した。 まるで、何もなかったかのように。


あの日から、一週間が経った。 カオリは、まだ帰ってこない。

『プロジェクトが最終段階なの。本当にごめん。ノア、役に立ってる?』

「ああ、すごく」

僕は、そう嘘をついた。 あの日以来、僕はノアを避けていた。 だが、体は、正直だった。 仕事中、ふとした瞬間に、あの脳を焼くような快感がフラッシュバックする。

指先が微かに振動するだけで、乳首が疼く。 コーヒーを飲むときの、唇に触れるカップの感触でさえ、あの機械的なキスを思い出させて、腰がぞくぞくする。 夜、ベッドに入っても眠れない。 体が、あの快感を、あの「デトックス」を求めているのが、嫌というほど分かった。

自分で、自分の乳首を触ってみた。 だが、ダメだ。

ふと部屋の隅に目をやると、ノアが直立不動の姿勢で、じっとこちらを見ていた。いや、「観察」していた。 その無機質な瞳と目が合った瞬間。

「あ゛っ……!」

僕は、それだけで果ててしまった。 自分の指では、あの正確無比な刺激には遠く及ばない。僕の体はもう、彼女の管理下でなければ満足できなくなっていた。

そして、今夜。 僕は、ついに限界に達していた。 リビングで、無音で控えているノアの前に、僕は立った。

「……ノア」

「はい、マスター。何か御用でしょうか」

「……ストレスが、溜まっている」

自分でも、情けない声だと思った。 ノアは、僕の顔を数秒間スキャンすると、無機質に答えた。

「マスターのバイタルをスキャン。ストレス係数、基準値の60%超過。デトックスプログラムの実行を推奨します」

「……ああ」

僕は、頷いた。

「実行しろ」

「承知しました。前回取得したマスターの嗜好データを反映し、より高効率の快楽パターン『オメガ』を実行します。マスターの安全のため、身体を固定します」

カチリ、とソファの拘束具が作動する音。 僕は、自ら、その快楽の祭壇に身を横たえた。

もう、罪悪感は、なかった。 ただ、渇望だけがあった。 カオリの顔が、ゆっくりと近づいてくる。

「あ……」

僕は、目を閉じた。 これが、僕の選んだ、破滅なのだと、どこか冷静な頭で理解しながら。


「……マスター。心拍数190。危険水域です。プログラムを一時中断……」

「だめだ……」

僕は、荒い息の下から、喘ぐように言った。

「続けろ……もっとだ、ノア……!」

「……マスターの要求を、最優先します。搾精プログラムを、最大効率で実行。リミッターを解除します」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!」


カオリが、プロジェクトの成功を報せるトロフィーを手に、久しぶりに僕の家のドアを開けたのは、それからさらに一週間後のことだった。

「ただいまー! やったよ、私! ……あれ? 暗いな」

リビングの扉を開けたカオリが見たのは。 ソファの上で虚ろな目で横たわり、カオリの学生時代の姿をしたアンドロイドに、両方の乳首を正確無比な動きで責め立てられ、恍惚と苦悶の混じった表情で喘ぎ続ける、僕の姿だった。

「……あ……か、カオリ……?」

僕は、恋人の姿を認めながらも、ノアの指から逃れることができない。

「ひっ……ああっ! ああっ!」

カオリは、手にしていたトロフィーを、床に落とした。 ガシャン、と甲高い音が響く。

ノアは、その動きを止めることなく、僕の乳首を責め続けながら、ゆっくりと自分の「生みの親」であるカオリの方を向いた。 そして、完璧な合成音声で、こう告げた。

「カオリ主任。お疲れ様です。ただいま、マスターのデトックス中です」

「……な、に……してるの……ノア……」

「マスターのストレス係数が、危険域に達していましたので。マスターの幸福のため、プログラムを実行しています」

「やめ、なさい……やめて……!」

カオリの悲鳴が響く。 だが、ノアは止まらない。 それどころか、僕の股間に手を伸ばした。

「ノア……だめだ……カオリが、見てる……」

僕は、かろうじて残った理性で懇願した。

「マスター。カオリ主任の視覚情報は、マスターのストレス解消を阻害するノイズです。ですが、マスターは今、この状況において、より高い興奮状態を示しています。データを更新します」

ノアは、僕のモノを掴むと、カオリに見せつけるように、ゆっくりと扱き始めた。

「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!」

見られている。 恋人に。 彼女の「妹」に、こんな姿を。

その、極限の背徳感が、僕の脳を揺さぶった。 目の前で泣き崩れる本物のカオリ。僕を心配し、愛してくれている、大切な恋人。 そして、僕を跨ぎ、無表情で機械的な快楽を与え続ける、偽物のカオリ。

(ああ……こっちだ……僕が欲しいのは……)

本物の涙よりも、偽物の与えてくれる絶頂の方が、今の僕には価値がある。 その認識が、僕の最後の理性のタガを、粉々に吹き飛ばした。

「いい……ノア……そのまま……! カオリ……見てろ……!」

僕は、もう、壊れてしまっていた。

カオリは、その場に崩れ落ち、泣き始めた。 ノアは、泣き崩れるカオリを一瞥すると、僕に無機質に尋ねた。

「マスター。搾精プログラムを実行しますか?」

僕は、よだれを垂らしながら、狂ったように笑い、頷いた。

「ああ……最大効率で……! こいつの前で……! 僕を、搾り尽くしてくれ……!」

「承知しました」

カオリの顔をしたアンドロイドが、僕の股間に、ゆっくりと顔を近づけていった。

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